HOME > 島田咄嗟日記 > 2026年2月 Archive

島田咄嗟日記

2026年2月

ものすごく行きたい飲み会に体調不良で行けなかったり

2026年2月16日 12:51  

タイトルの通りです

待ち合わせと通話とゼブラ飲み

2026年2月 2日 12:41  

待ち合わせと通話が苦手だ。

なので、今僕がそれをしている相手は、かなり特別な人達です。

基本的には文字でのコミュニケーションが助かるし、ライブなんかも現場に直行派なんです。

帰りはまだしも、行きは本を読んだりYouTubeや音楽を聴いたりに充てたいのです。

一人の時間はやっぱり必要やし、世間の人は寂しがり屋が多いイメージです。

精神統一というか、僕にとって人に会うというのは、家族とかじゃない限りONの時間なんです。

なので、入り時間ギリギリまで一人で過ごしたいというのがあります。

しょっちゅう会ってたら、話題もなくなりますしねw

最近、軽い脂肪肝なこともあって、ゼブラ飲み(酒→ソフトドリンク→酒→ソフトドリンクって飲むやつ)を始めました。

学生の頃(諸事情により、年齢ではなくこの表現を使わせて頂きますw)から物凄く長い付き合いになるお酒。

入学してすぐの友達が酒飲みばっかりだったので、自ずと飲むようになりました。

古川橋でバンドのスタジオ練習して、守口市駅高架下の『天下第一』っていうラーメン屋でラーメン食べて、暖炉のある友人宅で、早くにお亡くなりになったその友人のお父さんにお供えし終わったスーパードライをときには飲ませて頂き、宛てはスナック菓子。

締めはどん兵衛。

朝まで飲んで、昼過ぎとか夕方に目が覚めたら、ぼーっとしたままの頭で京阪で枚方市に帰る。

そんな、最高の学生時代でした。

当時のベーシストは調理師になると言ってバンドを抜け、元々友達だった、しかも高二の時の文化祭ではベースを弾いてくれたシュウに入ってもらって、例のバンドの土台が出来上がります。

一回、日テレさんの『音楽戦士(ミュージックファイター)』という音楽番組で、大阪代表同士で一緒になったときは、すごく嬉しかったです。

お互いジャンルは違うけど、ずっと音楽続けてることが、これまた嬉しいです。

食堂も、また遊びに行くわな〜。

〈了〉

profile

島田 智和

9歳の頃、「世界中に音楽の素晴らしさを広めたい」という想いから隣の空き家の門をたたく。 高校卒業から1年3ヵ月後の1998年6月、「韻シスト」を結成、及び命名。
ギターを担当。
翌年5月、「韻シスト」を脱退。
その後、幽玄としてのソロ活動、うさんくさ韻・カラクリ人形・創造人・逆関節クルーでの活動を経て現在に至る。

Category