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島田咄嗟日記

咳が止まらぬ

2026年2月17日 12:30

アトピー性咳嗽の可能性が高いらしい。

かれこれ一週間になる。

のど飴を舐めると、結構止まる。

その勢いで摂政となる。

なんつってw

すぐ韻踏んでまう。

そう言えば、りんくうアウトレットに行ったら、ドラクエコラボやってた!

町みたいなとこ歩いてるときに町の音楽流れてきたから、気分も乗ってきた
タイトルの通りです
待ち合わせと通話が苦手だ。

なので、今僕がそれをしている相手は、かなり特別な人達です。

基本的には文字でのコミュニケーションが助かるし、ライブなんかも現場に直行派なんです。

帰りはまだしも、行きは本を読んだりYouTubeや音楽を聴いたりに充てたいのです。

一人の時間はやっぱり必要やし、世間の人は寂しがり屋が多いイメージです。

精神統一というか、僕にとって人に会うというのは、家族とかじゃない限りONの時間なんです。

なので、入り時間ギリギリまで一人で過ごしたいというのがあります。

しょっちゅう会ってたら、話題もなくなりますしねw

最近、軽い脂肪肝なこともあって、ゼブラ飲み(酒→ソフトドリンク→酒→ソフトドリンクって飲むやつ)を始めました。

学生の頃(諸事情により、年齢ではなくこの表現を使わせて頂きますw)から物凄く長い付き合いになるお酒。

入学してすぐの友達が酒飲みばっかりだったので、自ずと飲むようになりました。

古川橋でバンドのスタジオ練習して、守口市駅高架下の『天下第一』っていうラーメン屋でラーメン食べて、暖炉のある友人宅で、早くにお亡くなりになったその友人のお父さんにお供えし終わったスーパードライをときには飲ませて頂き、宛てはスナック菓子。

締めはどん兵衛。

朝まで飲んで、昼過ぎとか夕方に目が覚めたら、ぼーっとしたままの頭で京阪で枚方市に帰る。

そんな、最高の学生時代でした。

当時のベーシストは調理師になると言ってバンドを抜け、元々友達だった、しかも高二の時の文化祭ではベースを弾いてくれたシュウに入ってもらって、例のバンドの土台が出来上がります。

一回、日テレさんの『音楽戦士(ミュージックファイター)』という音楽番組で、大阪代表同士で一緒になったときは、すごく嬉しかったです。

お互いジャンルは違うけど、ずっと音楽続けてることが、これまた嬉しいです。

食堂も、また遊びに行くわな〜。

〈了〉

エレキギターとオナニー

2024年11月27日 12:37

小学生の頃にも、ティッシュの空き箱に、引っ張り具合を変えた輪ゴム(もちろん切って)を四本ぐらい張って、ギター(本数的にはベースやけど、音域的にはギター?w)みたいなものを鳴らしたりはしてたけど、中1の頃にクラスメイトのK君がエレキギターを安く譲ってくれたことで、本格的な音楽人生が始まった。

ちなみに、オナニーの仕方を教えてくれたのも彼である。集団でチャリンコ(中学三年間だけ鈴鹿に住んでたので、当時は『けった』と呼んでいたが)で下校してるときに、K君がその話題を出して、やり方を説明し出した。

7〜8人で帰っててんけど、2人ぐらいはすでに経験済みのようで、頷いていた。

僕は知らなかったので興味が沸き、帰宅してすぐにトイレで試したら出来た。

どちらにもハマりまくり、どんどん上達していったw

その延長で、現在は音楽のお仕事をたくさん頂いてる。

ありがたいことだ。

僕は泣いた経験が他人より少ないと思うが、その数少ない経験から、泣くこともオナニーの一種だと感じている。

前に読んだ本にも、笑う以上に泣く方がストレス発散になると書いていた。

意外と、泣く角に福が来るのではないか。

そんなことを思いながら、数日後に予定している『早めの忘年会』を前にワクワクが止まらない46歳であった。

〈了〉

一発録り

2024年1月22日 18:48

昔の人は一発録りやったらしい。
だから演奏上手い人、多いんやろか?
いかりやさんも、ウッドベースお上手でしたもんね。

レイジアゲインストザマシーンのセカンドアルバム『イーヴルエンパイア』は、一発録りらしい。
確かに、勢いがある(ような気がする)。

僕が初めて多重録音をしたのは、中学生の頃でした。
ミニコンポで、無理矢理w
クラスメートのTと結成した『チャリ、ちゃんと立つか?(通称『チャリ立つ』)』という音楽コンビで数曲作り、カセットテープをダビングしてクラスのみんなに配った。

アルバムのタイトルは、『清(きよし)』。
何でそうなったのかは忘れたけど、たぶん、裸の大将が流行ってたからやと思います。

曲名は、国道23号線(すぐ近くを走る国道が23号線だったので)、雨の新開地(たけしの挑戦状のカバーを勝手にw)、子供を養う為に、などなど。

子供を養う為に 銀行を襲った
銀行襲う為に 子供を養った
「あっ!! 警察や!!」
(ギターソロ)

せあぶら

2017年11月15日 10:23

という芸名の先輩ラッパーが居てはる。

今は活動してないかもやけど。

当時、僕は「背脂」という言葉を知らなかった。

なので、「せあぶらって、何?」って思ってた。

背脂って~、何♪

背脂って~、何♪

失礼しましたw

友達の曲の替え歌(替えラップ)でした。

GEBOさんがブッキングしてくれはったイベントなどで、KQ君、生肉(ロウ)さん、せあぶらで、よく「心肺蘇生ごっこ」とかして遊んだ。

今は、当時みたいに集まる機会は無くなったけど、楽しかったなあ。

しみじみ・・・。

まあそんな、オチの無い話でしたw

〈了〉

吹田市

2017年9月12日 17:17

になるんかな?

ググれば分かるけど、敢えてググりませんw

その吹田市であろう、とある駅で降りて、音楽仲間の家に飲みに行きました。

誘ってくれたんです。

当時、僕も彼も20代前半。

あんまり飲み慣れない、赤ワインを出してきてくれました。

そして、乾杯。

「赤ワイン、うまっ!!!」

なんや、この、飲み込んだ後に、甘さが返って来る感じ!!!

とか感動してたら、彼が(付きあってるわけではない。念のためw)レコードを再生し出して、サイファースタート。(二人やから、「輪」ではないがw)

中学生の頃に描いた絵を見せてもらったり、朝まで語り合いました。

ワインの瓶は、空になってました。

頭グワングワン、足グラグラ状態で駅に向かいました。

その間も、語り合いました。

今もお互い、音楽(表現)続けてます。

何年も会ってないので、ライブ予定チェックして遊びに行きたいと思います。

シマップ

2017年6月21日 17:52

高校の頃にサッコンに付けてもらった(付けられた?(笑))、僕のニックネームです。

つまり、奴がゴッドファーザーということになりますw

島田の「島」と、SMAPさんが流行ってるというところから、名付けてくれたらしいです。(なんじゃ、そらw)

16歳~20代前半に知り合った人は、だいたいこのあだ名で呼んでくれます。

なので、呼ばれ方で知り合った時期が分かるわけですね。

ですねですね。

20代中盤以降に知りあった人からは、「島田さん」って呼ばれることが多いです。

何か、偉くなった気分♪

ふんふふん♪

美女と野獣、見てきました。

感動しましたし、表現者として学ぶ所も多かったです。

めっちゃ、刺激になりました。

エマ・ワトソンさんって、ハリーポッターの方なんですね。


サンサーラ・ナーガ

2017年6月 7日 16:37

飼ってる竜に、倒した敵を食べさせて成長させるロープレです。

食べさせたものによって、4種類の竜に分かれます。

例えば、「まんだらけ」という敵を食べさせると知性が上がるので、それを続けてると「白竜」という賢い竜に育ちます。

スタッフも豪華で。

監修、脚本:押井守さんと伊藤和典さん

音楽:川井憲次さん

キャラクターデザイン:桜玉吉先生

「ファミ通」が「ファミコン通信」だった小学生の頃に、「しあわせのかたち」を切っ掛けに桜 玉吉先生にハマりました。

関係無いんですけど、「忍者らホイ!」っていうRPGにも、めっちゃハマりました。

桃伝のスタッフさんが作った、忍者ロープレです。

<了>

婚活

2017年5月26日 17:54

今月、錫婚式(すずこんしき。「アルミ婚式」とも言う。)を迎えます。

つまり、結婚して10年が経ちます。

早っw

結婚して暫くは、

「何で、結婚したん?

別に同棲でええやん。」

的な質問を色んな人からされましたけど、精神的に究極に近くなれる気がしましたし、告白がプロポーズみたいなもんやったんで、これという理由は無いんですよねw

「小さなことほど慎重に考え、大きなことほどサッと決断しろ。」

みたいなことを仰ってる方が居ますけど、確かにそうやなあ・・・、と思います。

「小さな決断で直感を鍛えて(アドリブの訓練をして)、大きな決断に備えよ。」ってことなんでしょうね、多分。

僕の婚活は、音活の中に含まれてました。

ワイフは、お客様であり、イベンターでした。

笑いと食事の趣味が合ってたので、自然に仲良くなっていきました。

付きあってから半年で籍を入れましたけど、その半年というのも、本籍地を揃える為に役所に行ったりしてて経っただけです。

一時期、結婚について相談してくる人に、「結婚した方がいいとは限らんからなあ。」ってアドバイスしてたんですけど、それは自分が結婚してるから言えることであって、的確な助言では無かったと反省してます。

結局、決めるのは自分ですもんね。

こういう話になると、

「沈黙が苦にならない関係やと、上手くいきますよね。」

っていう自分の考えを述べることが多いんですけど、このセリフは、二人の先輩の価値観に少なからず影響を与えたようです。

何気なくお話ししたことが切っ掛けの一つになり、そのままご結婚された方もいらっしゃいます。

お役に立てて、嬉しかったです。

今年、そのご夫婦とダブルデート(ピザパーティー?)する予定です。

今から、楽しみです。

profile

島田 智和

9歳の頃、「世界中に音楽の素晴らしさを広めたい」という想いから隣の空き家の門をたたく。 高校卒業から1年3ヵ月後の1998年6月、「韻シスト」を結成、及び命名。
ギターを担当。
翌年5月、「韻シスト」を脱退。
その後、幽玄としてのソロ活動、うさんくさ韻・カラクリ人形・創造人・逆関節クルーでの活動を経て現在に至る。

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